荒ぶる神は、なぜ歌を詠んだのか ――スサノヲの四つの魂と、完成されない和

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この観照録は、
出雲の韓竃神社、須佐神社、日御碕神社を
訪ねた時の観照録です。


序:未熟な魂のやらかしと、傷の原風景



神話に描かれるスサノヲという存在は、
およそ神らしからぬ、
あまりにも泥臭く未熟な
人間の姿そのものから始まります。


幼い頃は「母に会いたい」と泣き喚き、
姉であるアマテラスの元へ向かえば
誤解を受け、
疑いを晴らす誓約(うけい)を立てたものの、
調子に乗って高天原で暴れ回り、
ついには追放されてしまう。


さらにその途上でも、
もてなそうとしたオオゲツヒメに対して
感情を爆発させ、命を奪うという
過ちまで犯してしまうのです。



わがままで、欲望に振り回され、
感情を制御できずに人に迷惑をかけ、
大切な居場所を失う――。


それはどこか、私たちが人生の途上で
誰もが抱える、若気の至りや過去の傷、
失敗や反省の原風景と重なり合います。


自分の中にある狂気や
抑えきれないエネルギーを、
どこへ向けたらよいかも分からず
ぶちまけていた時代が、
スサノヲにもありました。


しかし、その剥き出しのエネルギーは、
ある一つの出会いによって
劇的な変容を遂げることになります。


それが、ヤマタノオロチの
生贄にされようとしていた
クシナダヒメとの出会いでした。





一:試練の巌と、発動する「荒魂・和魂」



自分のためだけに暴れていた幼き神の前に、
「守るべき存在」が現れた瞬間、
己の内側で行き場を失い、
ただ荒れ狂うばかりであった力が、
初めて他者を護るために向かい始めたのです。



韓竈(からかま)神社の、
あの雨に濡れた急勾配の石段と、
幅四十センチほどの狭い岩の割れ目。


まるで修験の試練のような
厳しい空気が漂うあの場所は、
まさにスサノヲが
「大切なものを守るために牙をむく」という
荒魂(アラミタマ)を覚醒させた
象徴のように感じられます。


ヤマタノオロチを、
出雲の山々から押し寄せる洪水や、
古代の製鉄文化の記憶と
重ねて捉える説があります。


鉄分を含んだ赤々とした濁流が、
山々を呑み込みながら押し寄せてくる。


それは、荒ぶる自然の猛威そのものを
象徴していたのかもしれません。


単に狂ったような力で立ち向かうのではなく、
クシナダヒメを
髪飾りの湯津爪櫛(ゆつつまぐし)に変えて
自らの髪に挿し、
「共に戦い、共に護る」という
一体感を得たこと。


私にはそこに、勇ましく立ち向かう荒魂と、
誰かと結びつき支え合う和魂(ニギミタマ)が、
分かち難く結び合った姿が
あったように思えるのです。


そして、この地でオロチを退治した際に得た
天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)。


その剣に古代の製鉄文化を重ね合わせるなら、
山から鉄を抽出し、
剣や道具へと生成する技術。


さらにそれは、自然の猛威を手懐け、
境界を築いていく知恵
――すなわち奇魂(クシミタマ)の
開花でもありました。


自分一人のために振り回していた暴威が、
「誰かを護り、生きるための力」へと
昇華された瞬間です。




二:須佐の里に満ちる「幸魂」と、八重垣の歌



そして三日目、私が辿り着いたのは、
須佐(すさ)神社周辺に広がる
のどかな里の風景でした。


前日の韓竈神社では、
山々を覆う濃霧と激しい雨に打たれ、
岩肌を流れる水の音や、
苔むした木々からこぼれ落ちる雨の雫に、
荒ぶる自然の気配を感じていました。


ところが、その翌日の須佐の里には、
まるで昨日の雨が
遠い昔の出来事であったかのような、
穏やかな時間が流れていたのです。


空は晴れ渡り、緑を揺らす風は柔らかく、
京都の大原を思わせるような
山里の風景が広がっている。


田畑があり、人々の暮らす家々があり、
その傍らを澄んだ川が流れている。


なかでも、私の心を惹きつけたのは、
その川の音でした。


昨日は、激しい雨となって岩肌を打ち、
木々を震わせていた水が、
今日は里を潤す穏やかな流れとなっている。


耳を澄ませば、
せせらぎの中にも幾重もの響きがあり、
風にそよぐ木々のざわめきと重なりながら、
何とも心地よい律動を
生み出しているようでもありました。


水は流れ、風は渡り、緑は揺れる。


そして、その風景の中に、
人々の暮らしが静かに息づいている。


この里に暮らしてきた人々もまた、
幾度となく自然の厳しさにさらされ、
時には川の氾濫を恐れ、
日照りに苦しみ、それでも種を蒔き、
作物を育て、収穫を祝い、
次の季節を迎えてきたのでしょう。



自然とは、
恵みをもたらすものであると同時に、
時として人間の小さな営みを容赦なく
呑み込んでしまうものでもあります。


しかし、その両方を受け入れながら、
人々はこの土地に暮らし続け、
幾世代にもわたって祈りを重ね、
文化を紡いできた。


ここには、五穀豊穣をもたらす
稲作の知恵(奇魂)と、
人々の穏やかな暮らしを
心から喜ぶ幸魂(サチミタマ)の
温もりが満ちています。


そして、その川音を聴きながら、
私はふと、こんなことを思いました。


「こりゃ、歌も生まれるな。」



「八重垣つくる その八重垣を」


かつて高天原を荒らし回っていた神が、
出雲の須賀(すが)の地では
妻と共に暮らす宮を建て、
雲が立ち上る風景を愛でながら、
日本最古の和歌とされる歌を詠んでいます。


その歌が詠まれたと伝わるのは、
ここ須佐ではなく、須賀の地です。


しかし、須佐の里に流れる川音を聴いていると、
なぜあの荒ぶる神が、
やがて歌を詠むに至ったのか、
その心の変容が、どこか身体の奥に
染み込んでくるようでもありました。


歌とは、必ずしも何かを伝えようとして
生まれるものではないのでしょう。


ただ、風が吹き、川が流れ、誰かと共に暮らし、
今日もまた日が暮れていく。


その何気ない営みの中に、
言葉になる前の何かが満ちてくる。


そして、あるとき思いがけず、
それが一篇の歌となって現れる。


荒ぶるものが、
ただ穏やかになったのではありません。


時に猛烈に荒れ狂う自然や
川の脅威(荒魂)と隣り合わせだからこそ、
そこに垣根を築き、人々を守り、
田畑を耕して平和を慈しむ。


矛盾や激しさを抱えたまま、
体験と出会いを経て深化していく
「魂の螺旋」。


須佐の里ののどかな風景は、
過剰なエネルギーを削ぎ落としたのではなく、
豊かな実りへと変容させた
神の成熟を物語っているかのようです。


そこには、荒魂も和魂も、奇魂も幸魂も、
互いの働きを失うことなく、
一つの命として響き続けている。


その不揃いな魂の律動が、
あるときは激しい叫びとなり、
あるときは誰かを護る力となり、
そしてまたあるときは、
一篇の歌となって現れる。


須佐の里を流れる川の音に耳を傾けながら、
私はスサノヲという神の、
もう一つの深い表情に触れたような
気がしたのです。




結:日御碕の祈り――消えない傷を抱えたままの感謝



そして、旅の記憶は
日御碕(ひのみさき)神社の
風景へと戻っていきます。


日の沈む聖地に建つその社で、
スサノヲは少し高い場所から、
姉であるアマテラスの鎮座する社を
見守っていました。



人間だれしも、過去にしでかしてしまった
失敗や、誰かを傷つけてしまった記憶を
完全に消し去ることはできません。


スサノヲにとっても、
高天原を追放されたという過去は
消えない傷でしょう。


しかし、追放の後に出雲という
土地へ行き着き、クシナダヒメと出会い、
守るべきものを知り、歌を詠むまでに
魂が育まれたという神話の流れがあります。



日御碕で見つめたスサノヲの背中に、
かつての追放をどう受け止めていたのか
という答えがあるわけではありません。


ただ、かつて姉を困らせ、
高天原を去った神が、
今はその姉を静かに見守っているように、
私には感じられたのです。


過去の傷は消えなくとも、
その先に誰かを護ろうとする祈りが
生まれることはある。


沈みゆく太陽(アマテラス)を見守る
その佇まいに、私は、恨みでも諦めでもない、
感謝にも似た幸魂の静かな働きを
感じていたのかもしれません。



一霊四魂とは、綺麗に整った完成品を
目指すためのものではありません。


荒々しさも、未熟さも、技術も、祈りも、
あらゆる相を抱え込みながら、
人は出会いによって自らの御魂を発動させ、
歪なままに美しく螺旋を描いて生きていく。


出雲の風のなかで出会ったスサノヲの姿は、
完璧になれない私たちが、
それでも過去の傷を抱えたまま誰かを愛し、
生きていくための、
深く優しい道標のように響いてくるのです。



 




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