聖徳太子とあぶり餅の重力 ―― 紫野の野外講義

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なぜか急に、
学生時代の恩師のことを思い出しました。

聖徳太子信仰の研究者であった田中嗣人先生。

その講義の一幕が、
春の陽光に誘われるようにして、
ふわりと記憶の表層に浮かんできたのです。

あれは教室という無機質な箱を飛び出した、
ある種の「野外講義」でした。

行き先は、京都・紫野にある今宮神社。

なぜ先生は、太子ゆかりの六角堂や広隆寺といった
正統な地ではなく、
この疫病除けの神社を選ばれたのか。

不思議でならなくなったのです。


あの日、参道に立つ先生の背中を覚えています。

観光ガイドが語るような
型通りの歴史案内ではありませんでした。

先生が語り始めると、
その言葉の熱量に引かれるようにして、
通りすがりの参拝客たちが
一人、また一人と足を止め、
私たちの講義に聞き入り始めたのです。

先生の語る太子の姿に、
見ず知らずの人々が深く頷き、感激している。

学生だった私は、その内容の深さまでは理解できず、
「先生、すごいな。なんだか深い話をしているぞ」と、
その場の空気に圧倒されるばかりでした。


その熱気を冷ますようにしていただいたのが、
名物の「あぶり餅」です。

炭火で炙られた不揃いな餅の焦げ目と、
白味噌の甘い匂い。


今、改めてあの日の意味を推論してみるのです。


もしかすると、先生は
「鎮魂」の現場を見せたかったのかもしれません。

非業の死を遂げた太子の一族と、
疫病を鎮める今宮の神。

そこには、綺麗事ではない
「救済」への切実な祈りがあります。


あるいは、この地に色濃い秦氏の影。

太子の右腕として技術と富を司った
渡来の民の息吹が、
土着の信仰とぶつかり合い、
歪ながらも強靭な「和」を形作っていくダイナミズムを、
五感で伝えようとしたのではないでしょうか。


そして何より、あぶり餅が
「厄除け」の供物として今もなお愛され続けていること。

その一串を食べるという行為を通じて、
千年前から続く庶民の信仰が、
今この瞬間も途切れずに生きていることを、
先生は私たちに教えたかったのかもしれません。


聖徳太子という存在は、
高潔な教科書の中だけにいるのではありません。

今宮神社の喧騒や、餅を焼く煙の中に、
泥臭く生きる民衆のエネルギーと
混ざり合いながら、今も息づいている。



あれから長い年月が経ち、
私は今、「静もりの庵」として、
あのお店で対話の場を持つようになりました。

一千年受け継がれてきたあぶり餅を体験し、
その重力を肌で感じる時間は、
まさにあの日の記憶が
私を導いた結果なのかもしれません。


先生が語りたかった真意は、
今も行間に隠されたままです。


結局、さまざまな推論を重ねてみても、
私の思考など容易く飲み込んでしまうほどに、
一千年続くあぶり餅の重力は
あまりに深く、そして香ばしいのです。

 




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