解き放たれる星神のゆくえと、祭りの終幕に萌(きざ)す「未来からの逆流」

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今日は7月7日七夕だったので
茨城の地にある
「大甕倭文神宮」の
不思議な神話を思い返していました。


ここには、かつて日本神話で
最強と恐れられた
星神・天津甕星(あまつみかぼし)が、
女神である
武葉槌命(たけはづちのみこと)の放つ
神聖な「織物」によって封じ込められた
という伝承があります。


境内には、その星神の化身とされる
巨岩「宿魂石(しゅくこんせき)」が
今も圧倒的な熱量を放っていて、
その険しい岩山の上に女神の本殿が
静かに鎮座しています。


荒ぶる激しいエネルギーを、
しなやかな織物で優しく包み込んで
鎮めるという、とても日本的な場所です。


年に一度、この七夕の日に、
その織物の封印が一時的に解けて
二人が再会するのだとしたら、
そのエネルギーはいったい
どこへ向かうのだろう?

そんな妄想を膨らませていました。


あの剥き出しの熱量は、
普段「表に出せば大変なことになる」と
蓋をし続けている、内なる激しい感情
(哀し、怒り、欲し、熱く燃え上がる
エネルギー)そのものです。


その封印が解け、本来のピュアな魂(一霊)に
寄り添われて調和した激しい火の熱量は、
きっと、大甕からほど近い場所にある
「泉神社」の、あの透き通った
エメラルドグリーンの水へと
還っていくのでしょう。


動的な石のエネルギーが、
澱みを沈殿させる静かな水へと溶け込み、
世界を潤す「恵み」に変わっていく。


この火と水のあいだを揺らぎながら
循環するエネルギーのゆくえを想うとき、
心の呼吸もまた、深く静かに
整えられていきます。



一方で、地上の現実(リアル)に
目を向けると、
少し寂しいニュースも聞こえてきました。


物価高や高齢化という切実な課題によって、
諏訪の伝統的な七夕祭りが、
今回を最後に終了してしまうという話です。


形ある美しいものが維持できなくなることは、
本当に寂しく、一種の「絶望」のように
感じられるかもしれません。


ですが、現場からは
「形を変えてでも継続していきたい」という
前向きな声も聞こえてきました。


この声は、お祭りの終了という
悲しい現実をただ嘆くのではなく、
それを丸ごと自分たちの血肉として
受け入れた先から湧き上がる、
力強い魂の響きです。


決まりきった「これまでの形」を
一度手放すからこそ、
そこには大きな余白が生まれ、
私たちは初めて
「何にでもなれる自由や、
新しい未来の可能性」を
手に入れることができます。


前年通りの段取りをなぞるだけの
「形式」が一度白紙になるからこそ、

「そもそも、私たちが本当に
守りたかったお祭りの本質や、
人と人との繋がりは何だったんだろう?」

と、行間にある本当に大切なものを、
私たちはもう一度必死に問い直し、
思い出すことができるのではないでしょうか。


お祭りが順調に続いている時は、
目の前の段取りをこなすことで
精一杯になってしまいます。


けれど、枠組みが一度壊れる瞬間こそが、
実は
「じゃあ、新しくこんなやり方を試してみよう!」
という自由な生命力が
一番新しく吹き込まれる時でもあるはずです。


かつて古の人々が、時代の変化や危機のたびに
異質な文化を混ぜ合わせ、
新しいお祭りの形を
「習合」させてきたように。


形を手放すことは終わりではなく、
未来から新しい流れが
逆流してくる瞬間であり、
新しい庭の造園の
始まりなのだと感じています。


七夕とは、一年に一度だけ、
織姫と彦星という対極の凸凹(でこぼこ)な
エネルギーが巡り合い、
激しく溶け合う時間です。


強すぎる星の光と、
それを包み込むしなやかな織物。


あるいは、時代の変化という名の過酷な現実と、
そこから立ち上がろうとする人間の情熱。


それら全く異なる異質なエネルギーが、
この一年に一度の邂逅(かいこう)の夜に、
お互いの凹凸をぴたりと
噛み合わせるようにして結ばれていく。


古来、私たちが絶望の淵から幾度となく
新しい祭りの形を織りなしてきたように、
この「異なるものたちの交わり」の
あわいからこそ、
次なる時代の新しい祭りの形が
生まれてくるのだと思います。


お神輿が神様を日常の「隙(スキ)」へと
連れ出して一緒に賑わうように、
私たちは、お祭りの形が変わっていく
混沌とした瞬間をこそ、共に面白がり、
溶け合いながら
生きていけばいいのだと思います。


そこに「気が満ちて」いる限り、
新しいお祭りのあり方は、
いつでも私たちの心の中に
新しく生まれてくるのですから。


境界石を潜ったあの時よりも、
私の魂は今、ずっと深く、
静かに揺れています。


今日という七夕も、
やがて過去になっていきます。


けれど、本当に出会うべきものは、
いつも未来のほうから静かに
こちらへ歩いてきます。


だから私は、終わりを惜しむよりも、
新しい祭りがどこで、どんな人の心に
萌(きざ)していくのかを、
これからも静かに見届けていたい。

そう願うのです。


大甕倭文神宮を訪ねたときの記事



 




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