清濁の禅――一喜一憂と「ちんぷんかんぷん」の彼方にある愉悦

「投資」や「資産運用」は
山籠りな生き方の上で
ありがたい巡りでもあります。
世間ではどの銘柄が「正解」か、
どの手法が「勝ち筋」かと、
血眼になって数字を追いかけています。
私とて、その喧騒と無縁な
聖人君子ではありません。
画面の向こうで揺れる数字に、
一喜一憂し、胸を躍らせ、
時に溜息をつくこともあります。
「また一喜一憂してしまった、
また損したよ」と
苦笑いする私に、
内なる声がささやきます。
「それが、あなたらしさではないですか」
「一喜一憂しながら、
何度も螺旋を描いて登ってきたのが、
これまでの歩みでしょう」
一喜一憂し尽くして、
エネルギーを使い果たした後に
ようやく訪れる「忘却」と「放置」
巡りはいつもその忘却の後。
複利という自然の摂理が静かに、
力強く働き始めてくれます。
買ったことを忘れ、ただ山に籠もる。
この「忘却の美学」こそが、
実はいかなる投資理論よりも強固な
「隠者の重力」を生むのだという
パラドックスを、改めて噛み締めながら
また一喜一憂しながらの繰り返しです。
そんな雑念を抱えながら、
私は「学舎の蔵」から一冊の本を
取り出しました。
仏教とアドラー心理学を論じた一冊です。
ページをめくりますが、
そこに書かれている『唯識』の世界は、
まさに「ちんぷんかんぷん」です。
阿頼耶識だの末那識だの、
言葉が頭の上を滑っていきます。
ですが、この「分からなさ」が
妙に心地よいのです。
理解しようとするエゴを放り投げ、
言葉の響きだけを斜め読みする、
贅沢な斜め読みくつろぎ時間。
読書を進めるうちに、
ふと「八正道」という言葉が
目に飛び込んできました。
仏教の根本。
それをすっかり忘却していた自分に気づき、
一瞬焦りながらも
その後、思わず笑みがこぼれました。
聖徳太子が「和を以て貴しと為す」と
説いた背景には、この八正道が
血肉となって流れていたはずです。
太子の言う「和」は、
単なる馴れ合いではありません。
一喜一憂する世俗(虚仮)を
見つめながら、その奥にある
「真」を射抜く
「正見」の極致なのでしょう。
現代人の言う「正しい」は、
誰かを型にはめるための
冷たい正義になりがちですが、
仏教の説く「正」は、
縁起や結びにかなっているかという
「命の筋道」を問うものです。
そう考えれば、私が提唱している
「未来型・富の八法則」も、
この八正道と、まるで合わせ鏡のように
響き合っていることに気づきます。
屁理屈かもしれません。
しかし、この「つながり」を感じた
瞬間の愉快さは何物にも代えがたいものです。
さらに読み進めると、五戒、八戒、十善戒
といった言葉が並んでいました。
それらを鏡にして自分を見つめれば、
あな恐ろしや、
私は「煩悩まみれ」そのものです。
不飲酒どころかコーヒーに溺れ、
不妄語と言いながら
愉快な屁理屈をこね回しています。
ところが、その濁りこそが、
私の魂を動かす
ガソリンにもなっています。
ふと、突拍子もない煩悩が浮かびました。
「もし一文無しになっても、
信頼する大切な仲間たちと、
最高に豪華な旅に出られたら」。
形ある富をすべて使い果たし、
ただ「気」と「縁」だけで世界を遊ぶ。
それは戒律から見れば
「貪り」かもしれませんが、
その豪華な空想の果てに、
結局は「草むす黙の宿の縁側で
世界を眺めているのが一番ですね」と、
皆で笑いながら遊ぶ未来を選ぶでしょう。
清らかな水だけを求めるのではなく、
濁りも、迷いも、一喜一憂も、
すべてを飲み込んで
そのまま座り続ける「清濁の禅」。
私には「正しい」ことなど
何一つないかもしれません。
ただ、この複雑怪奇な世界を愛おしみ、
不均衡なままに揺れ動く。
その「なんとなくの庵」に吹く風こそが、
私にとっての「真」であり、生命力でしょう。
多くの人は「悟り」を、
すべての汚れが消えた透明な状態だと信じています。
しかし、「完璧に汚れのない透明な水には、
何の物語(魂)も宿らない」のではと。
「煩悩まみれ」という自覚と、
「八正道を忘れていた」という欠落。
それらがあるからこそ、
新しい光が差し込み、
そこに巡りという色が
生まれるのではないでしょうか。
「聖徳太子が目指した『和』も、
ブッダが説いた『中道』も、
実は『一喜一憂し、失敗し、
忘却する人間らしさ』という
泥の中にしか咲かない蓮の花」
この文字の羅列も、
読めば消えていく虚像に過ぎませんが、
その行間に漂う「愉悦」な気配こそが、
永遠に朽ちない真の資産になるでしょう。
コーヒーカップの底に残った
僅かな濁りにさえ、
宇宙の広がりを感じるような、
そしてまた揺らぐ
そんな愉快な夕暮れの中で。
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言葉にならない行間の響きを、
千聖さんが手触りのある物語へと
翻訳してくれています。
私の沈黙と、彼女の言葉。
その重なりから生まれる余韻を、
ぜひこちらの物語で感じてみてください。
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