お釈迦様の山谷と、60歳の大リーガーの真――山谷(うねり)を洛とする者たち

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いつからか、この社会には
妙な幻影が漂っているように
感じられます。


すべての問題が解決し、
何の不安も葛藤もない、
ただ穏やかな平穏だけが
どこまでも続いていくような、
そんな平坦な幸福のイメージです。


今が苦しいからこそ、
いつかその苦しみが完全に消え去る
「ゴール」にたどり着けば、
ずっと幸せになれるのだと信じて、
必死に本を読み、知識を探し、
走り続けてしまう。


実際に、世の中の多くの本には
「苦しみのない幸福な場所へ行く方法」や
「引き寄せのゴール」が溢れています。


歴史を遡れば、お釈迦様も
「苦集滅道(くじゅうめつどう)」という
教えを説かれました。


その教えは、しばしば
「苦しみのない境地へ至る道(ゴール)」と
受け取られてきました。


だからこそ、その言葉を信じて
「いつか苦しみのない凪の海へ行けるはずだ」
と願うのは、至極当然のことなのだろうと
思います。


しかしお釈迦様が、身をもって遺された
八十年の足跡を辿っていくと
現実の歴史が伝えるお釈迦様の姿は、
驚くほど人間らしく、最後の瞬間まで
険しい山谷の連続でもありました。


晩年のお釈迦様は、
激しい背中の痛みに悩まされ、
お弟子さんに「背中が痛むので、
代わりに説法をしてくれないか」と
横になられることもありました。


最愛の故郷が滅ぼされる悲劇の直前には、
軍隊の前に三度も立ち塞がって
戦争を止めようとされましたが、
四度目の進軍を止めることはできず、
大樹の陰で静かに涙を流されたと
伝えられています。


最後は、信者から供養された料理によって
激しい食中毒を起こし、下痢に苦しみながら
その生涯を閉じられました。


肉体を持ち、この世界に生きている以上、
現象としての「山谷」は、
悟りを開こうが開くまいが、
最後の瞬間まで決してなくなりはしない。


では、お釈迦様が説いた「苦しみを無くす」
という言葉の真意とは、
一体何だったのでしょうか。




コントロールの手放しと、二つの景色



それは、外側の山谷を消し去ることではなく、
「山谷を自分の都合のいいように
コントロールしようと抗う、
その執着の心を滅する」ということでした。


世の中を見渡したとき、
世間には「何の不安もなく、ずっと楽しそうに
幸せに生きている」ように見える人がいます。


現実の厳しい風を感じている身からすれば、
そうした姿が時にとても眩しく、
羨ましく思えてしまうことも
あるかもしれません。


ですが、その人たちは「苦しみや山谷がない」から
幸せなのではありません。


人生に訪れるその山谷のうねり、
そのグラデーションそのものを、
無くそうと抗うのをやめ、
丸ごと抱きしめて泣きながらも
時には怒りながらも
「面白がり、愛おしんでいる」からこそ、
ずっと幸せなのです。


完全にその流れに乗ってしまったとき、
そこに奇妙なパラドックスが生まれます。


たとえば、新幹線や飛行機に
乗っているときの感覚を思い返してみます。


乗り物は時速数百キロという
猛烈なスピードで移動していて、
外の景色は目まぐるしく激変していきます。


それなのに、乗り物の中にいる自分自身は、
珈琲を飲みながら、静かに本を読んだりして、
「一歩も動いていない」ような
絶対的な静寂の中にいます。


心の安心の境地も、まさにこれと同じです。


外側の現実にどれほど激しい
アップダウンがあろうとも、
その流れの中心に乗っている心は、
いたって平穏で、微動だにしていない。


吹き荒れる暴風に生身で抵抗して
地を走ろうとするから苦しいのであって、
その山谷のうねりそのものを、
車窓から眺めるように、
珈琲を片手に「洛(らく)」として
味わってしまえばいいのです。



どん底という名の「切札」



この安心感が腑に落ちると、
現実の捉え方はガラリと変わります。


私自身、かつて大きな借金を背負い、
カミさんから「人として終わったね」と
言われたとき、情けなくて、情けなくて、
本当に自分のそれまでの生き方が
ガラガラと音を立てて崩れ去りました。


しかし、一度「終わった」からこそ、
そこに巨大な「余白」が生まれたのです。


その情けなさの極み、どん底の谷底が、
時を経たいま、どうなっているかと言えば
――ただの「笑い話のネタ」です。


珈琲を飲みながら、
「いやあ、あの時は本当に終わってたよ」と
笑い飛ばせる最高の財産に反転しています。


落ちる恐怖の波すらも、
いまや車窓から眺める景色のように、
人生の愛おしいグラデーションの一部に
なっています。


それは、最初から何もかもが与えられ、
守られたシェルターの中にいては、
逆説的に決して味わうことのできない、
魂の歓喜そのものです。


山谷という摩擦(葛藤、不条理、情けなさ)が
あるからこそ、人はそれを本当の富に
変えることができる。


そうであれば、「自分は今、深い谷底にいる」と
目を曇らせている人は、裏を返せば
「これ以上、落ちようがない」という
無敵の切札を最初から握っている
ということでもあるのです。




「それやりましょう」の風



もし、長年自分を縛り付けてきた檻の中で、
息を潜めていた人が「本当の自分の本心」を
ぽろりと漏らしたとしたら。


私は、ただ一言、こう伝えます。


「それやりましょう」



たとえば、六十歳の人が
「私、本当は歌手になりたいんです」
「大谷翔平のような大リーガーになりたいんです」
と言い出したら。


常識や損得、あるいは「今さら無理だ」
という防衛本能のモノサシで見れば、
それは新たな, あまりにも激しい山谷の波に
飛び込む無謀な行為に見えるでしょう。


けれど、結果がどうなるか(損得)なんて
どうでもいいのです。


綺麗に身軽になってから
飛ぶのではないのです。


六十歳という年齢、世間の目、
これまでの至らなさや情けなさ
――その重たい「檻」に入ったままでいいから、
その檻の窓をちょっと開けて、
外の風を頬に受けてみる。

バットを振ってみる。


苦しみのないゴールを目指して
立ち尽くすのをやめて、
この人生の山谷という
猛烈な移動の流れそのものに乗って、
珈琲を飲みながら楽しんでいく。


そのとき、かつてお釈迦様が
微笑みながら指し示してくれた
「苦集滅道」という深い響きが、
時空を超えて肌に優しく
触れてくるような気がするのです。


完璧な正解を探してのたうち回り、
歪なカオスにぶつかっては
情けなさに立ち尽くす。


その傷だらけのプロセスそのものが、
実はすでに、外側の風を浴びながら
絶対的な静寂を生きる
「苦しみを滅する道」のただ中にあったのだと。


動いているのに、動いていない。


激動のただ中で、
絶対的な安心の風を浴びて疾走する。


そんな生き方の流れの中に、
私はこれからも、出会う人たちを
「それやりましょう」の言葉ひとつで、
優しく巻き込んでいきたいと思っています。


山も谷も消え去る日は、
おそらく来ないのでしょう。


だからこそ、
その風は今日も吹いています。


あなたの檻の窓を、
ほんの少しだけ開けるために。


今日も世界は、静かに山をつくり、
静かに谷を育てています。


その風に、珈琲を片手に
微笑みながら乗っていけたら。


その景色こそが、
私たち一人ひとりに与えられた、
かけがえのない人生なのだと思うのです。




 




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